恋路亭ともみじ庵は、御殿場市神山に代々あった萩倉家の母屋を移築したものです。
萩倉家が、御殿場市神山に住居の地と定めたのは、弘安の初め、7百有余年前と伝えられております。
前当主允予氏の祖父佐平冶は、神山銀行の頭取であり、母千佐恵は、佐々木信綱門下の歌人として知られ、塩川孝、勝田見佐等と共に、短歌、ふもとを主宰するなど、郷土文化に偉大な足跡を残されました。
同門の川田順、石槫千亦をはじめ著名な文化墨客往来が多く、性来の才色兼美と溢るる如き温情は、誰彼の別なく敬慕の的でした。
萩倉家は、中世菩提寺と共に災害に羅りしため、当時眺めのよい丘だった現地を開墾して再建され、二百年余りと伝います。以来、『あらく』と呼ばれていましたが、明治の中ごろ、貴人を迎えるための上段の間は、菩提寺本国寺に、門は復生病院に寄贈して現存しております。
恋路亭は、その代々にわたる母屋を移築したものです。 |